夏目漱石(なつめそうせき)
その名はあまりにも偉大で、難しい とつい考えてしまいます。
ところが、夏目漱石の作品は、小説としての筋は凝ったところなく、登場人物も個性的ながら、私たちの周囲に「居そうな人」で、いわゆる、あるある話です。
とくに
は、タイトルが示す通りどんどん話が展開して「それから」どうなったの? と好奇心が止められません。
百年以上も前の小説とは、思えない。
ここで私が注目したいのは、
漱石の花好き、というところ。
そして、展開の描写として、花が上手に活用されていることです。
今回は、そこに注目して、
「それから」の世界を一緒にのぞいていましょう。
~夏目漱石「それから」が語るもの~
~花たちが先導する「それから」の展開~
小説「それから」では、花と小説の展開が密着しています。
まずは、だいたいの「あらすじ」を押さえておきましょう。
あらすじ編 ~夏目漱石「それから」が語るもの~
主人公、代助は30才。大学を出てどこにも就職せず、親の金で暮らしている。
しかも一軒家に、住み込みの婆やと書生までつけている独身貴族。父からは「遊民」と言われ、働くように説教されるが馬耳東風。
ある日、学生時代の友人、平岡が勤めていた関西の銀行を辞めて戻ってくる。
その妻の三千代は、友人の菅沼の妹で、平岡との結婚には代助が関わっている。
家を世話する代助のもとに、三千代が一人でやってきて借金を申し込む。
そのとき代助は、自分は一銭の金も自由にできない人間だと知る。
父や兄に借金を断られ、縁ある令嬢との結婚まで迫られる。
兄嫁の梅子だけが、心配してこっそり金を送ってくれる。
自分の結婚話が進行すると、代助は三千代を意識するようになる。
そしてとうとう、三千代に、生涯の伴侶にしたいと申し出る。
当惑した三千代は、平岡にすべてを話し、病に倒れる。
代助に「三千代を渡す」と約束したものの、平岡は代助の父に暴露する。
怒った父と兄から、今後の一切の援助を断ち切られる。
梅子だけは生活費を送ってくれるが、三千代との結婚には同意しない。
代助は困り果てて、夏の真昼間、町へ飛び出す。
いわく「仕事をさがしに」
物語は以上です。
あなたはどのような感想をもたれたでしょうか?
では、
「花」という視点から作品を楽しんでみましょう。
解説編 ~花たちが先導する「それから」の展開~
前章で解説したとおり、「それから」の話は急展開で、代助の気持もどんどん変化していきます。
そして、
そこをうまく表現しているのが、「花」なんですね。
冒頭は「赤い八重椿」。それが、起きてみると枕元に落ちている。赤ん坊の頭ほどもある、というのですから、ちょっとすごい。
で、代助は健康なくせに、自分の心臓を心配するのです。それは、これから起きることのプロローグでしょう。
友人の平岡が銀行を不祥事で辞めて、代助のところへやってくる。
そのとき、平岡は代助の庭の桜に気付く。つまり、季節は初春です。
そして代助は「上野の夜桜」の話をする。「人気のない夜桜は好いもんだよ」と。
この辺りまでは、まだ平穏ですね。
義理のお姉さんが「梅子」。快活で賢く、代助とも気が合う。
そして、代助が大切にしているのが鉢植えのアマランス。「アマリリス」でしょう。
赤い花びらをもつ大きな花。ひょろ長い雄蕊、という描写は、たぶんそうです。
すると、平岡がやってくる。もう初夏の装い。やっぱり赤は鬼門ですね。
平岡を見ると、三千代を思い出す代助。「古風な浮世絵のような」三千代。
その三千代に借金を申し込まれ、困る代助。でも働く気はない。
兄嫁の梅子は、断りつつも代助にお金を用立てる。
三千代に金を渡して数日後、平岡がやってくる。代助が鉢植の「君子蘭(クンシラン)」の葉を切っているとき。
「君子蘭」は高貴な花です。それが枯れるのは「天人五衰」を思わせます。
天人も、いつかまた俗世にまみれる日がくる。それが頭上の花が枯れるとき、という話。
つまり浮世とは無縁だった代助が、そうもいかなくなる前兆て、わけ、かしら。
父に結婚を迫られた代助は、梅子に「理想の人がいる」と言ってしまう。それが三千代。
気分を変えるために代助の飾った花が「スズラン」。もう夏ですね。
ただし、旧字本では「リリー、オフ、ゼ、ワ゛レー」つまり「谷間の百合」となっています。
「谷間の百合」は、フランスの大文豪バルザックの小説で、「高潔な不倫小説」とも言われます。
漱石は、「不倫小説を書くぞ」と宣言しているのですよ。
なんという暗号。
そして庭の「赤い薔薇」や「ザクロの赤い花」を目障りだ、というのです。
ザクロの花は、控えめな小さな赤です。なのに「薔薇より派手で重苦しい」て、八つ当たり。
これは「働け、結婚しろ」という周囲の目のことでしょうか。
「擬宝珠の白い斑入り」だけが好い。でも、ときにはそれも鬱陶しいて、わがままな。
そこへ三千代が「白百合」を抱えてやってきます。
白百合は、三千代が兄の菅沼と暮らしていた時、代助が持っていった花です。
しかも、三千代は、スズランの活けてある鉢の水を飲んでしまうのです。ああ決定的。
代助は三千代に告白します。といっても、まだプラトニック。
父からの援助を断ち切られた代助は、三千代にも会えぬまま、町へ飛び出します。
そこで目にするものは、赤い郵便筒(ポスト)。大きな真っ赤な風船。赤いこうもり傘。煙草屋の赤いのれん。売り出しの旗。
電柱すら赤。赤の洪水。それでエンディング。すごい終わりかた。
代助のこれから先が思いやられます。
そういえば山口百恵の「赤いシリーズ」って、ありましたね。て、年がバレる。
漱石にとって、赤は「不安・不穏」なのですね。
夏目漱石と、花 ~あなたはどのような感想をもたれましたか~
漱石は、とても審美眼の高い人です。
花についても、そう。
なにしろ、漱石の最初の新聞小説が「虞美人草」(ひなげし)ですから。
その直前に執筆したが「草枕」。山桜、菜の花、タンポポ、木蓮など、いろいろな花を取り上げています。
「花」をモチーフにしたいという思いは、いつもあったことでしょう。
漱石、というと、固い話、と思っているとしたら大間違い。
なにせ不倫を決行する男の話です。その心のひだは、今も昔も変わりません。
この話は「門」へと続きます。
自由なようで人はすこしも自由ではないし、自分を取り巻く世界はいつも不安定、
ということを、考えさせられます。仕事も恋愛も、ままならない。
つげ義春さんに漫画にしてほしい、と、なぜか思うのです。
と、話が飛んだところで、今日はこれまでにしましょう。
あなたは、なんの花が好きですか?