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奈良県の元伊勢・檜原神社に参拝しよう!御朱印からアクセスまで全部紹介

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最近、奈良のパワースポットと呼ばれる神社を調べていたら…。

大神神社の近くに、伊勢神宮に深くかかわりを持つ檜原神社(ひばらじんじゃ)”を見つけました。

【筆者撮影:檜原神社】

檜原神社は、スピリチュアルなお話で人気のブロガー”桜井識子さん”の著書でも、パワースポットとして紹介されているようです。

元伊勢”とも呼ばれるらしいですが、奈良なのにどうしてなんでしょう?

また、地元の方がよく参拝するというこの檜原神社は、どのような歴史やご利益があるのかも気になります。

そこで、知りたいポイントをまとめてみました。

 

  • 奈良県の元伊勢・檜原神社とは?
  • 檜原神社はなぜ元伊勢と言われるの?
  • 檜原神社に御朱印やお守りはあるの?
  • 檜原神社へのアクセス方法は?
  • 檜原神社の口コミは?
  • 檜原神社の近くにお休み処があるの?
  • 大神神社との繋がりは?摂社の意味は?
  • ご利益が得られる巡り方があるって本当?

 

奈良には、由緒ある神社が数多くあり、長年地元の人たちに崇められてきました。

昨今、その深いご利益を得るために、全国から訪れる人が増えているようです。

その中でも檜原神社は、三輪山を御祭神とする大神神社の摂社として、また古事記の神話にまつわる云われなど、興味深いことが多いようです。

【筆者撮影:檜原神社】

由来や歴史、元伊勢といわれる由縁だけでなく、御朱印お守り、大きなご利益が得られる参拝ルートなどにも注目していきます。

もちろん、アクセス方法や口コミ、ほっとする御休処なども紹介しますよ。

それでは、奈良の元伊勢・檜原神社について、じっくり丁寧に解説していきますのでご覧ください。
 

   

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奈良県の元伊勢「檜原神社」ってどんな所?その不思議な空気感とは?

奈良県は”大和の国”と言われるように、神の鎮まる地が多く、人々が長年崇めてきた神社もたくさんあります。

その中でも、三輪山は特にパワースポットとして知られるようになり、大神神社には全国から多くの参拝者が訪れるようになりました。

【筆者撮影:檜原神社に向かう道中に見える三輪山】

その大神神社から少し離れた場所にあるのが、摂社の檜原神社です。

”元伊勢”と呼ばれ、地元の方々の信仰もとても深いと聞きます。

歴史も由来も注目される「檜原神社」とはどんなところなのか、動画付きで紹介していきます。

 

檜原神社の由緒

檜原神社(巻向坐若御玉神社)は大神神社の摂社で、社号標は皇大神宮聖蹟・倭笠縫邑(やまとかさぬいのむら)です。

【筆者撮影:檜原神社】

 

  • ご祭神:天照大神若御魂神(あまてらすおおかみわかみたまのかみ)
  • 配祀:伊弉諾命(いざなぎのみこと)・伊弉冊命(いざなみのみこと)

 

天照大御神と草薙剣は、三輪山の麓に磯城瑞垣宮(しきみずがきのみや)が営まれた、第十代崇神天皇の御代まで皇祖であったため、天皇の宮殿内にて「同床共殿」で祀られていました。

しかし当時、国は疫病が蔓延し、人々は家を持てずに放浪するなど、国制は切迫していました。

天皇は、朝夕に神祇にひたすら御祈念されましたが、願い叶わず状況は益々悪化の一途を辿ります。

即位6年後、ついに神の御神威を畏れられて、崇神天皇の皇女・豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託されてこの地にお遷りになり、この倭笠縫邑に磯城神籬(しきひもろぎ)を立てて、お祀りされました。

その神蹟がこの檜原の地で、大御神が倭姫命(垂仁天皇皇女)によって伊勢に御遷幸の後も、その御蹟を尊崇したことから、檜原神社として引き続き大御神を祀り続けています

この檜原神社が”元伊勢”と云われる由縁は、ここから来ています

檜原神社は、大神神社と同様に”古森社蹟”であるため、三ツ鳥居の中にある”神籬(ひもろぎ)”に大御神を奉齋しています。

本殿も社殿もなく、三輪山をお神山としているため、禁足地として三ツ鳥居をお扉とし、仰ぎ拝む形となります。

ただし大神神社と違い、三ツ鳥居へは誰でも仰ぎ拝むことができます。

【筆者撮影:檜原神社】

豊鍬入姫命は大神の御杖代として、この地で33年間朝夕奉仕されました。

その後も、大神の御心に叶う鎮座地を求めましたが、この檜原の地に戻って21年祀りました。

末社として豊鍬入姫命を祀る豊鍬入姫宮(とよすきいりひめのみや)が、昭和61年11月5日に鎮齊されています。

 

三輪の檜原

三輪の檜原は、三輪山の西北麓にある丘陵地で、丘陵の東端に檜原神社があります。

檜原は本来、「檜(ひのき)の生えている林」を意味しますが、和歌の世界で檜原と言えば、巻向山麓の周辺”のことを指します。

万葉集などでも”三輪の檜原”と数多く詠まれ、山の辺の道の歌枕ともなって、西に続く檜原台地は、大和国中を一望できる格好の場所でもあります。

【筆者撮影:檜原神社付近から見える大神神社の大鳥居】

 

万葉集より和歌抜粋

いにしえに ありけむ人も 我がごとか 三輪の檜原に かざし折りけむ (柿本人麻呂)
(訳 昔いた人も 私たちのように 三輪の檜原で 枝を折って挿頭(かざし)にしたことであろうか)

行く川の 過ぎにし人の 手折らねば うらぶれ立てり 三輪の檜原 (柿本人麻呂)
(訳 行く川の流れのように去っていった人が挿頭に手折ることはないので、心なしかしょんぼり立っている。三輪の檜原は

みろもつく 三輪山見れば 隠口(こもりく)の 始瀬(はせ)の檜原 思ほゆるかも (詠み人知らず)
(訳 神を祀る あの三輪山を見ると それに続く隠口の 初瀬の檜原が 思い出されるよ)

 

二上山の眺望

檜原神社は、参拝後も境内から美しい倭のいにしえを眺望できます。

境内に立ち、注連縄柱の鳥居の遥か遠くに拝めるのが二上山」です。

この眺望は、万葉集の歌に詠まれた地として、奈良県景観資産に登録されました。

【筆者撮影:鳥居の間から「二上山」を眺望】

檜原神社境内からの眺望は、注連縄越しに二上山が真西に見えます

春分・秋分の日頃に三輪山から昇った朝日が、夕方には二上山の雄岳と雌岳の間に沈み、大和を代表する夕景色になっています。

春には桃や桜、菜の花が咲き、大和国原を見晴らしながら、万葉人さながらの気分で穏やかでゆっくりとした時間を過ごせる場所です。

天気がよい春に参拝すれば、花と共に夕日に映える二上山を拝むことができますよ

 

参拝者を包む不思議な空気感

奈良には、パワースポット”と呼ばれる場所が多いようですが、事の始まりもたくさんあり、三輪山信仰は神社創設のきっかけになったと云われています。

故に、三輪山や大神神社はパワースポットとして、本当によく紹介されています。

最近では、この檜原神社の参拝者から、不思議な体験をした」という声をネットで見るようになりました。

大神神社から徒歩で20~30分ほど、山の辺の道を辿ったところに、檜原神社は社を構えます。

三輪山がご神山で、古森社蹟である故、三ツ鳥居から先は禁足地であり、拝殿さえも構えていません。

それなのに、境内に入っただけで独特の空気感があるというのです。

いにしえに思いをはせて神を崇め祀り、深く願をかけたときに、そのパワーは得られるかもしれません。

それは、訪れた人しか感じることができませんから、ぜひこの社でそのご加護を受けてください。

檜原神社がパワースポットと称する動画があるので紹介しましょう。

檜原神社の住所は、「奈良県桜井市三輪1422」になります。

万葉のゆかりの地を、山の辺の道で辿るのであれば、長い距離を歩いていく支度でお出かけ下さい。

檜原神社の由縁は興味深いものでした。

その御利益を得るためにも、社のことを知っておきたいですよね。

御守所では、御朱印や御守もいただけるようです。

次では、檜原神社の参拝についてと、社にゆかりのあるものを紹介していきます。

 

 

檜原神社に参拝しよう!境内の見所7つと御朱印までを全部紹介!

檜原神社は大神神社の摂社なので、多くのことが共通しています。

こじんまりとした神社ですが、独特の形式が見られるようです。

その境内の見所や雰囲気などを、画像を交えながら紹介します。

 

神社の二礼二拍手一礼とは? 疑問を感じたらここを見てください。
↓ ↓ ↓

2礼2拍手1礼とは?初心者のための神社参拝作法

 

その1. 2本柱の注連縄鳥居

檜原神社の鳥居は、大神神社の摂社のため、同様に二本の柱に大きな注連縄を渡す形です。

大物主大神が鎮まる三輪山の麓にある大神神社は、神社の発祥と言われています。

その頃の鳥居は今のような形ではなく、単に木と木を注連縄で結んだものだったようです。

注連縄は、天照大神が天の岩戸からお出になった後、岩戸に縄を張って再び入れぬようにしたこともあり、この縄を「尻久米縄」と云ったと、古事記に記されたことが始まりとされています。

古森社蹟の形式を重んじ、今でもこの注連縄柱の鳥居が維持されているのです。

 

その2. 砂紋と手水舎

鳥居をくぐると、すぐに玉砂利の砂紋が広がっています。

【筆者撮影:檜原神社の砂紋(拡大)】

境内では、2本柱のしめ縄鳥居から三ツ鳥居、豊鍬入姫宮まで砂紋が広がっています。

砂紋は、道具を使って水の流れを表現しています。

この神社がとても神聖な場所で、「水に浮かぶ社には草々入ることができない、信仰深い地ということを表しているようです。

入るのがためらわれるほどの美しさと清々しさですが、遠慮なく参拝してください。

水面が揺れて社が映る様を想像するだけでも、とてもロマンチックですよね。

【筆者撮影:檜原神社の手水舎】

これから参拝になりますが、まずは手水舎で手を清めましょう。

神前には、できるだけ穢れを落とした姿で立ちたいものです。

では、参拝を始めましょう。

 

その3. 祓戸

ここは本来、神職さんが祭祀や神事を行う前に、身を清めるとても神聖な場所です。

【筆者撮影:檜原神社の祓戸】

それゆえ、おいそれと入れないように結界が施してあります。

境内の中でも、そういった重要な場所があり、それが守られているからこそ、長く信仰が続くのですね。

 

その4. 自祓いの「小麻」

次に目につくのが自祓いの小麻」です。

【筆者撮影:自祓いの「小麻」】

三ツ鳥居に入る前に、自分自身を祓い清めるために、小麻でお祓いをしてください

これも大神神社と同様で、参拝するにあたり、まずは神前では穢れを払うことが礼儀ということですね。

 

  1. 一礼して、両手で小麻を持ち上げ、胸の前に
  2. まず左に振り、次に右へ振り、もう一度左に振ります
  3. 胸の前に戻して、両手で元に戻し、一礼します

 

これで穢れなく参拝ができます。では、瑞垣内に入りましょう。

 

その5. 三ツ鳥居

檜原神社は本殿だけでなく、拝殿もないことが大きな特徴といえます。

【筆者撮影:檜原神社】

「じゃあどこにお参りするの?」と思いますよね。

実は、鳥居の後ろにあるご神山・三輪山の中にある”磐座”がご神体になります。

二礼二拍手一礼し、御祈願とご自身のことをお伝えください。

大神神社にも三ツ鳥居があり、三輪山へのお扉という役割がありますが、檜原神社は一般の参拝者が拝むことができるとても貴重な場所でもあります。

ところで、ここで「鳥居がやけにきれいなのはどうして?」という疑問がわくかもしれません。

その理由は、この地に鎮座し、雨風によって痛みがひどくなったために、昭和40年(1965年)に復元されたためです。

鳥居に使われたものは、伊勢神宮が平成の「内宮の式年遷宮」の古材を賜ったそうです。

式年遷宮のときの木材を使わせていただけるご縁が、ずっと繋がっているのですね。

手前の石積みが時の長さを感じさせ、さらに凛とした雰囲気を醸し出しています。

 

その6. 豊鍬入姫宮

豊鍬入姫宮(とよすきいりひめのみや)は、この地に御祭神を賜る大事なお役目を遂行された、豊鍬入姫命を祀るお宮です。

【筆者撮影:檜原神社】

豊鍬入姫命は初代の斎宮ですが、その後も天照大神が鎮座できる場を巡行します。

そして、後に引き継いだ倭姫命によって、ついに伊勢の地に鎮まったとされているために、ここが元伊勢と呼ばれています。

このお宮は、昭和61年(1986年)11月5日に鎮齊されました。

今では、三ツ鳥居の前からの参拝とともに、拝む方が多いようです。

 

その7. 御守所

参拝後には、境内左手にある御守所に寄って、御朱印”をいただいてください。

【筆者撮影:檜原神社の御守所】

御朱印帳は、大神神社で購入することができます

檜原神社を参拝するうえで、ぜひおすすめしたいルートがありますので、後ほどご案内しますね。

まずは大神神社を巡るので、その時に御朱印帳を購入して、境内の摂社で御朱印をいただいてください。

また、たくさんの地を参拝する方のために、健脚の御守もありますよ。

ここまで、檜原神社の歴史や由縁、社の事や参拝などについて紹介してきました。

次は、「行きたいけどその方法がわからない!」という方のために、それぞれのアクセス方法を紹介していきます。
 

 

檜原神社へのアクセスは?車での行き方や駐車場、おすすめ徒歩コースまでご紹介!

古くからの由縁があり、社も独特の雰囲気を醸し出している檜原神社へは、どうやって行けばいいのでしょう…?

まず、場所から説明していきます。

檜原神社は、三輪山の西北麓にある丘陵地で、丘陵の東端にあります。

【筆者撮影:檜原神社に向かう道中に見える三輪山】

大神神社の摂社ですが、山の辺の道を辿った先にひっそりと鎮座しています。

道すがらすぐにわかる場所にはないので、あらかじめアクセス方法を知っておいた方が、スムーズに行くことができます。

一般の神社は、参拝の時間が決まっていますが、檜原神社は境内への出入りは自由なので、参拝時間に決まりはありません

とはいえ、御守所が開いている時間に参拝されたほうがいいでしょう。

参拝を終わって、境内から注連縄越しに、夕日に映える二上山を拝みながらくぐる、なんていいですね。

では、車や公共交通・徒歩でのアクセス方法を説明します。

【筆者撮影:国道169号線から檜原神社に向かう途中】
→檜原神社に行くときは「写真右の橋」を直進する

 

車でのアクセス方法や専用駐車場をご紹介!

1.大阪方面・神戸方面

西名阪道天理IC

国道169号経由12kmで約26分かかります

 

2.京都方面

京奈和自動車道木津IC

奈良バイパス国道24号線

国道169号経由で

 

3.名古屋方面

東名阪自動車道亀山IC

名阪国道25号線

県道51号線

大和神社前交差点

国道169号経由で

 

【筆者撮影:檜原神社に続く道(奥の橋は幅1.7m以上の車両の通過は困難です)】

檜原神社へは、正面から向かうルートと、裏道から向かうルートがあります

どちらも細い道なのですが、正面から向かうルートは、途中に細い橋があって幅が狭いため、軽四や1300ccクラスの車しか通れないようです。

そのため、1800ccクラス(幅1.7m以上)の大型の大型車両は、裏道ルートをおすすめします。

【筆者撮影:檜原神社に続く細い橋(幅1.7m以上の車両の通過は困難です)】

直接行くのであれば、箸中方面から行くか、国道50号線から向かった方がいいでしょう。

檜原神社には、西側に専用の無料駐車場があります。

箸墓古墳から東へ上がると、檜原神社の鳥居の手前100mほどの場所に設けられていますので、ご利用ください。

【筆者撮影:檜原神社の駐車場】

駐車場を出て、果樹園に囲まれた参道を進むと、境内入口に立つ注連縄柱が見えてきます!

 

徒歩でのアクセス方法やおすすめコースをご紹介!

土地勘がなく、初めて参拝する方や、大神神社と一緒に参拝を望まれる方へのアクセス方法です。

最寄り駅から、「檜原神社へ直行する方法」「大神社参拝後に行く方法」を紹介します!

 

檜原神社直行

1.JR桜井線 三輪駅下車

県道153号線経由 徒歩26分(1.9km)

大神神社の二ツ鳥居の前の線路わきを北上し、井寺池の横を通って「桧原御休処」のすぐ先にあります。

2.JR桜井線 桜井駅下車

奈良交通バス天理駅行

箸中下車(約10分)

徒歩20分

箸中バス停から、三輪山に向かって徒歩20分ほど要しますが、道がわかりにくいです。

迷わずに行くのであれば、降りたところからタクシーを使っていくと確実です。

 

大神神社参拝後

JR桜井線 三輪駅下車

大神神社まで徒歩5分

参拝者が多いので、ついていけば行けます。

また、土・日は二ツ鳥居までシャトルバスが運行しています。

大神神社や摂社を順に参拝していくと、山の辺の道に沿って、檜原神社に向かうことができます。

境内で最も東よりの狭井神社から、徒歩で約20~30分ほどかかります。

途中、大神神社で御朱印帳を購入し、御朱印巡りをしながら参拝すると、ご利益をたくさん得られます!

檜原神社では、社務所(御守所)で御朱印をいただくことができます。

 

地元の方は大神神社を参拝後にこの山の辺の道を通って、檜原神社を参拝するのがおすすめとのことです。

また時間と体力があり、三輪の歴史の息吹に触れたくなったら、桜井から天理までの山の辺の道を辿ってみてください。

 

ぜひ歩いて欲しい ”山の辺の道” とは?

檜原神社の参拝で、特におすすめしたいルートが山の辺の道です。

山の辺の道は、奈良盆地の山裾を縫うように、南北に走る古道です。

歌垣で知られる桜井駅前の海石榴市(つばいち)から、三輪、柳本を経て石上神宮に至るコース一般的に「山の辺の道」と呼んでいます。

【筆者撮影:大神神社から檜原神社に向かう山辺の道】

ここでは、桜井駅側から始まるルートで、大神神社・檜原神社だけでなく、天皇陵や古墳や遺跡を巡るルートを紹介します。

道沿いには、万葉に登場する名所旧所が多くあり、神話の逸話が語られています。

ゆっくり歩きながら、眼下に広がる奈良盆地に浮かぶ大和三山や、二上山の眺望を楽しんでください。

また、道脇にある万葉歌碑を詠みながら、万葉の人々の息吹を感じてみてくださいね。

それだけでなく、檜原神社周辺の見どころも紹介します。

 

山の辺の道 散策コース(所要時間:見学込みで約3時間)

 

1.桜井駅から仏教伝来の地・海石榴市観音堂(1.5km)

日本書紀によると、「欽明天皇13年(552年)、百済の聖明王の使者が、この地に釈迦仏の金剛像や経典を献上したとあり、それをもって日本に仏教が伝わったとされています。

佛教傳來地の碑があり、海石榴市は歌垣があった場所としても知られ、万葉集にも三首が残されています。

ここが山の辺の道のスタート地点になります。

 

↓ 700m徒歩15分)

 

2.金屋の石仏

山の辺の道沿いにある収蔵庫に、国の重要文化財の金屋の石仏2体があります。

右が釈迦如来像で、左が弥勒菩薩像で、凝固岩性の石板に浮彫されています。

元々は、三輪山の一部のミロク谷に置かれていましたが、次第に傷みがひどくなっため、このように管理するようになりました。

 

↓ 700m(徒歩15分)

 

3.大神神社

三輪山を御神体とした日本最古の神社で、創祀が古事記や日本書紀の神話に記されているほど、古社中の古社です。

御祭神は大物主大神で、拝殿の後ろに三輪山とのお扉の役割を持つ三ツ鳥居があり、本殿はありません。

境内には、御祭神や配神に関わる云われの場所やものや、由縁のある摂社などが多くあります。

御祈祷だけでなく、御守や御朱印もいただけますし、古事記や日本書紀の神話でも語られている場もあるので、参拝時に巡るといいでしょう。

境内の東にある狭井神社では、三輪山への登拝の受付をしています。

ちなみに、大神神社から檜原神社への道は、古道の雰囲気がそのまま残っています。

木々の生い茂る自然の中を散策しながら、古代の詠み人の思いが体感できます。

 

↓ 1.8km(徒歩35分)

 

4.檜原神社

檜原神社の御祭神は天照大神で、地元の方に元伊勢と呼ばれる大神神社の摂社です。

当時、宮中にあった御祭神を、崇神天皇が豊鍬入姫命に託したことで、この地に磯城神籬を立てて祀った「倭笠縫邑」とされました。

その後、伊勢に鎮座した後も、檜原神社が引き続き祀っています。

注連縄の鳥居をくぐると、玉砂利の砂紋の先に、三ツ鳥居と豊鍬入姫宮が鎮座しています。

小規模ながら、三輪山から下りる凛とした空気が清々しく感じられます。

境内から鳥居越しに見える、二上山の夕日はとても人気が高く、多くの観光客が訪れています。

 

↓ 寄り道

 

寄り道1.井寺池

この井寺池は、檜原神社の西、徒歩10分ぐらいのところにあり、奈良盆地が一望できるビューポイントとして知られています。

【筆者撮影:檜原神社近くの井寺池】

池は井寺上池と井寺下池の二つに分かれており、池の真ん中の道路から見る眺望がおすすめです。

西に二上山と大和三山、東に三輪山が一望できます。

また池の周囲には、川端康成などの著名人揮亳の万葉歌碑があり、一層引き立たせています。

池の片隅には万葉の歌碑案内図があり、歌碑をぐるっと巡ることもできますよ。

 

寄り道2.箸墓古墳

「邪馬台国の卑弥呼の墓」という説もある箸墓古墳は、日本で最初の大王墓として知られています。

現在は、倭迹迹日百襲姫(やまとととびももそひめ)の大市墓として、宮内庁で管理されています。

【筆者撮影:檜原神社周辺にある箸墓古墳(はしはかこふん)】

大物主大神の妻でありながら、その姿を見ることができず、ある時に箱の中の蛇と化した大神の姿を見て悲鳴を上げます。

「驚いてはいけない」という約束を破ったと大神は責め、三輪山に帰ってしまいます。

そして、後悔した姫は箸を刺して死んでしまいます。

そのために、姫の墓は”箸の御墓”とされ、この名ががつけられました。

全長約276mの巨大な前方後円墳で、当時としてはもちろん、わが国最大の墳墓です。

背後には三輪山が控え、遠く二上山を拝むこともできます。

 

寄り道3.纏向遺跡(まきむくいせき)

纏向遺跡は、纏向川の扇状地に広がる東西約2km、南北約1.5kmの広大な遺跡です。

3世紀の国内最大級の集落跡として、邪馬台国の畿内説の最有力地とされています。

【筆者撮影:檜原神社周辺にある纒向遺跡(まきむくいせき)】

纏向遺跡の範囲は広く、巻向駅を中心とした半径約1.2kmの中にあり、古墳群も点在しています。

集落内には、発生期の纏向型前方後円墳の古墳群が存在します。

纏向石塚古墳・矢塚古墳・勝山古墳・東田大塚古墳・ホケノ山古墳などが築造されていますが、箸墓古墳もこの古墳群に含まれます。

遺構も多く、建物群・大溝・導水施設・住居跡・祭祀土坑群・区画溝など、日本最初の都市の機能をもつ初期ヤマト政権の中心地であった可能性があると考えられています。

発掘された遺物は、纏向学研究センターで見ることができます。

 

↓ 山の辺の道に戻る

 

5.景行天皇陵(渋谷向山古墳)

この古墳は、日本武尊の父と伝えられる第12代景行天皇”の陵墓とされています。

景行天皇山辺道上陵(けいこうてんのうやまべみちのへのみささぎ)として、宮内庁が管理しています。

 

全長が約300mで前方部は西を向き、周りには濠が巡っています。

これまで出土した土器から、4世紀後半に作られ、前方後円墳・円墳・方墳と各一基の陪塚を持ち、4世紀の古墳としてはわが国最大です。

遺物は塙輪や土器しか見つかっていませんが、1864年に石枕が見つかっています。

南から見る古墳の雄姿は素晴らしく、山の辺の道を歩くことでそれを体感できます。

 

 700m(徒歩15分

 

6.崇神天皇陵(行燈山古墳)

この古墳は、大和朝廷の創始者とされる、第10代崇神天皇の陵墓 山辺道勾岡上陵(やまのべのみちのまがりのおかのうえのみささぎ)として、宮内庁が管理しています。

古墳の全長は約242mですが、周濠を含めた全長は約360m、最大幅約230mの巨大な前方後円墳です。

古墳は、龍王山麓から西へ伸びる丘陵を利用して作られており、周囲には濠が巡っていて、西側には陪塚が3基あります。

3基の陪塚は、南アンド古墳(全長65m)・アンド山古墳(全長120m)・南アンド古墳(全長65m)で、全て前方後円墳とあり、大王塚にふさわしい古墳といえます。

遺物は、周濠から銅板・金銀細工品・土器などが出土しています。

龍王山から見ることができる天皇陵は、その規模の大きさを感じさせます。

 

↓ 700m(徒歩15分)

 

7.長岳寺

長岳寺は天平元年(824年)、淳和天皇の勅願によって、空海が大和神社の神宮寺として開いた伝わる名刹で、高野山真言宗に属しています。

地元では、釜口のお大師さん”と呼ばれ、親しまれています。

付近には、鎌倉時代から南北朝時代にかけての石仏が多くあり、特に目を引くのが巨大な弥勒大石棺仏です。

また、12000坪の落ちついた静かな境内には、季節の花が咲き誇ります。

4月下旬から5月には平戸つつじ、5月中旬から下旬は本堂池前にかきつばた、秋には紅葉などが楽しめます。

例年10月23日~11月30日まで、「極楽地獄図」が本堂に掛けられ、住職による現代風絵解き「閻魔の嘆き」などが行われます。

 

 1.4km(徒歩30分)

 

8.黒塚古墳から柳元駅

黒塚古墳は4世紀初頭に作られた前方後円墳で、全長約130mあります。

【筆者撮影:檜原神社周辺にある黒塚古墳(くろづかこふん)】

1998年の発掘事には、石室内部から卑弥呼の鏡と思われる三角縁神獣鏡が、33面も埋葬当時のまま出土しました。

隣接する黒塚古墳展示館内には、竪穴式石室が原寸大で復元されてあります。

 

黒塚古墳から柳元駅までは、徒歩10分ほど

 

山の辺の道の桜井周辺と、檜原神社周辺の見どころを紹介しました。

山の辺の道は、その先の天理駅まで行くのが南ルートで、たくさんの遺跡や歴史的建造物、万葉にゆかりのある歌碑なども多く見ることができます。

全長が16kmになるので、1日ゆっくり散策時間が取れる時に、ぜひ巡ってみてください。

山の辺の道も、大神神社から檜原神社への道のりは整備しすぎずに、自然の中を散策しながら歩けるようになっています。

次は檜原神社での参拝後に、休憩したい御休処があるので、口コミと一緒に紹介しましょう。

檜原神社の口コミをチェック!ひっそりと佇むお茶屋「桧原御休処」もおすすめ!

檜原神社は、地元の方にも”元伊勢”と呼ばれ、とても親しまれています。

その理由は、大神神社と同じ注連縄柱の鳥居をくぐった時に感じる、独特の空気感がまずあります。

【筆者撮影:桧原御休処から見える檜原神社の鳥居】

それに、本殿や拝殿がなく、三ツ鳥居をお扉として、神が鎮まる三輪山にある磐座を仰ぎ拝む古森社蹟であることが、最大の特徴と言えます。

境内に敷き詰められた玉砂利と美しい砂紋。

瑞垣内にひっそり佇む三ツ鳥居と、左側に構える豊鍬入姫宮は、凛とした美しさがあります。

【筆者撮影:檜原神社の砂紋】

参拝する前に、手水舎で手や口を漱ぎ、瑞垣前で小麻で自祓いを行って、全身の穢れを祓います。

初めて拝むことが許される、とても尊い地であることを感じさせます。

二礼二拍手一礼

その挨拶を済ませなければ、向き合うことは許されません。

私たちの日常にない、厳かな気持ちと緊張感、長く伝わる作法や儀礼が行われることこそが、参拝する意味に繋がるように思えます。

【筆者撮影:檜原神社の御朱印】

では、訪れた方はどのような印象を持ったでしょう。

ここで、twitterより口コミを紹介します。

 

 

 

 

 

「気分よく」「清々しい」「きれい」など、皆さん気持ちよく参拝されたことが伝わってきますね。

また、檜原神社の手前には、疲れた体を癒せる桧原御休処があります。

【筆者撮影:檜原神社の鳥居前にある桧原御休処】

桜井駅からの山の辺の道、あるいは大神神社からの参拝で、山の辺の道を辿った参拝者の休憩所の役割をしています。

もちろん、檜原神社の参拝者も訪れていますよ。

メニューも写真付きで、お食事から軽食、アイスや甘味、お酒やビールもあります。

【筆者撮影:桧原御休処のメニュー(一部)】

【筆者撮影:桧原御休処の三輪そうめん(にゅうめん)と柿の葉寿司】

注目メニューはもちろん、地元特産の三輪そうめん!セットメニューなら、柿の葉寿司や季節のものが一緒にいただけます。

天気の良い日は、外にあるテーブルに行きましょう。

そこから見える檜原神社は、また違った趣があります。

木々に囲まれ、ひっそり静かに佇んでいる姿は、時の流れを忘れさせてしまうほど。

ぜひ、訪れてそれらを体感しながらランチを楽しんでください。

これまで、檜原神社について詳しく紹介してきましたが、その御本尊ともいえる大神神社についても触れてみます。

檜原神社に行くなら、「まずは大神神社を参拝してからとよく聞きます。

では、「大和一之宮 三輪明神 大神神社」の歴史と由縁を紹介しましょう。
 

檜原神社を参拝するなら「大神神社」も参拝しよう!

檜原神社を語るうえで外せないのが、三輪山・大神神社です。

檜原神社は大神神社の摂社であり、御祭神が三輪山の磐座に鎮まっています。

そのため、拝殿がなく仰ぎ拝む参拝は、檜原神社と同じと言えます。

それでは、日本の神社発祥ともいえる大神神社について、説明していきましょう。

 

三輪山・大神神社とは

奈良県三輪山の麓にある大神神社の正式名称は大和一之宮 三輪神宮 大神神社です。

 

大神神社は一般的な神社とは形式が異なる

それは、「境内に本殿がなく拝殿と三ツ鳥居があり、その先は禁足地となっていて神の領域であること」です。

その神の領域こそが三輪山で、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が鎮まるご神山なのです。

古代、神の宿る場は自然の中にありました。

それが山岳や河川や湖沼であったため、その場に仮の祭場を設けて祀りあげ、神の御威光を信じていました。

三輪山も御祭神はそこに鎮座されているので、山そのものが本殿であり、神なのです。

三輪山中には、磐座と呼ばれる神霊が鎮まる岩が点在しています。

山頂の奥津磐座には大物主大神、中腹の中津磐座には大己貴神(おおなむちのかみ)、麓の辺津磐座には少彦名神(すくなひこなのかみ)が鎮まるとされています。

拝殿の後ろ、三輪山に最も近いところにある三ツ鳥居は、お扉と結界の役割を持っていて、その先は禁足地です。

そのため残念ながら、一般参拝では拝むことが叶いません。

ただし、御祈祷をお願いすれば拝観賜わり、最も近い場所で御祭神のご威光を得ることができます。

御守や御朱印帳があるので、境内の摂社で御朱印も頂くことができます。

 

 

多くのご利益を賜ることができる

大物主大神は国造りの神・守護神と崇められ、多くのご利益を賜ることができます。

また、崇神天皇の御代に大流行した疫病を、御祭神が鎮めたことや、杜氏の高橋活日命(たかはしのいくひのみこと)が、御祭神の神助で美酒を醸したことから、医薬の神様や酒造りの神様としても、信仰をあつめておられます。

さらに、御祭神の御名「大いなる物の主」は、すべての精霊を司られる・統べられるという意味をあらわします。

そのため、災いをなす精霊をも鎮め給う霊威から、厄除・方位除けの神様としてもあつく敬られています。

古事記では、美しい活玉依姫(いくたまよりひめ)との恋が語られているので、縁結びのご利益もあります。

さらに、蛇の化身とわかった妻の倭迹迹日百襲姫(やまとととびももそひめ)との悲話もあることから、大物主大神は蛇神だったと云われ、福徳をもたらす霊威としても崇められています。

大神神社の御利益をまとめると、以下のように多岐にわたっています。

 

  • 農業・工業・商業すべての産業開発
  • 方除け・治病・製薬・酒造・まじない
  • 交通・航海
  • 縁結び

 

個人的な参拝だけでなく、企業が参拝や御祈願をする神社としても知名度が高く、現在も多くの酒造業者に大神神社から「しるしの杉玉」が授与されています。

また、薬の神様として、御祭神の荒魂を祀る狭井神社では、4月18日に規定された鎮花祭(疫病除けの祭)で、多くの医薬業者が参列するので有名です。

 

三輪山への登拝

三輪山は神が鎮まる神聖な場所で、かつては神宮や僧侶などの特別な者以外は、入山することはできませんでした。

そのため、長いこと禁足地として、麓に建てられた大神神社から仰ぎ拝むことしか叶いませんでした。

しかし、江戸時代まで厳しかった禁足の令が、明治になると次々と解かれるようになり、三輪山をあつく信仰する人たちも、入山による参拝を願い出ました。

それが叶い、参拝が許されるようになったのです。

ただし、それには厳しい入山の心得があり、それを守らなければ、絶対に参拝できないほどでした。

道なき道をひたすら登っていく、それも修行であり神のご加護が得られるためと、決死の覚悟で参拝されたことでしょう。

その思いが継続し、今では入り口の狭井神社で受付を行えば、誰でも登拝ができます。

今でも「入山の心得」は厳しく守られ、現在のルールに改定されながら持続しています。

散歩やハイキングコースではなく、登山靴を履いて険しい道を辿るので、しっかり準備して訪れるようにしてください。

 

奈良大神神社の三輪山への登拝を考えているなら、ここに詳しく載っています。
↓ ↓ ↓

奈良大神神社の三輪山に登山!初心者のための7つのポイント

 

三輪山をあつく信仰する地元の方々によって、大神神社は長い間、多くのご利益が得られる地として守られてきました。

【筆者撮影:大神神社から檜原神社に向かう山辺の道】

檜原神社は離れていますが、摂社として同様に、三輪山からの御威光を得ている社です。

山の辺の道を辿って、ぜひ訪れたい神聖な場所です。

まとめ

それでは、これまでのことをまとめてみましょう。

  • 檜原神社の御祭神は天照大神
  • 伊勢よりも先にこの地に祀られたため元伊勢と呼ばれている
  • 檜原神社には本殿も拝殿もない
  • 祓所や三輪山を拝むための三ツ鳥居があり、山中に磐座がある
  • 三ツ鳥居の左側には、豊鍬入姫命が鎮まる豊鍬入姫宮がある
  • 注連縄柱の鳥居越しに見る二上山の夕日が絶景
  • 檜原神社では御守も御朱印もいただける
  • 大神神社を参拝したら、御朱印巡りをしながら檜原神社を参拝するとよい
  • 檜原神社周辺には見所が多いので、山の辺の道を歩くのがおすすめ
  • 檜原神社はパワースポットとしても知られ、参拝者の口コミも多い
  • 檜原神社の側の桧原御休処では、三輪そうめんなどがいただける
  • まずは大神神社で参拝することをおすすめしたい

 

檜原神社は大神神社の摂社であり、少し離れたところにありますが、元伊勢として参拝する人も多いパワースポットです。

古森社蹟であるため、注連縄の2本鳥居で、三輪山の磐座を祀るお扉の三つ鳥居が置かれています。

御祭神・天照大神が、宮中から豊鍬入姫命によってここに祀られ、その後伊勢に鎮座してもなお、信仰深い人々によって守られてきました。

大和盆地にあり、遠くは大和三山に二上山を拝むことができ、山の辺の道を辿れば、古き時代のいにしえに触れることができます。

周辺にも多くの遺跡があり、古事記や日本書紀にある神話や、万葉集にある歌碑を詠むこともでき、歴史散策を楽しめます。

三輪山に鎮まる神と、麓にある大神神社の数々の摂社や由来のもの、そして参拝することで、御祭神からご加護が受けられるでしょう

まずは鳥居をくぐり、この地を巡る由縁に身をゆだね、古き良き時代にひたってみてください。

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